黒部峡谷②

立山山脈と後立山山脈

立山山脈に較べると後立山山脈は、高さに於てぼ釣合の取れた長大な山脈を成している。試に鷲羽ヶ岳から白馬岳に至る間に就て見ると、最高点は黒岳であって、三角点の海抜は二千九百七十八米であるが、絶巓ぜってんの高さは目測では二千九百九十米の上であろうと思われる。最低の鞍部は針ノ木峠と北南に相対する不動堀沢岳(近時の大町の案内や人夫はこれ七倉ななくら岳と呼んでいるようであるが、もと七倉岳は、この山の北少し東に在る山で、北葛岳・乗鞍岳等の別名があった)の西にあるくびれ目で、二千百八十米であるから、立山山脈の南半とは、最高に於て少しく劣り、最低に於て少しく優っているが、二千六百米以上の平均高度を有する事はたがいに同じである。白馬岳以北に於ても鉢ヶ岳・雪倉岳などは優に二千六百米を超えているし、其北の朝日岳でも尚お毛勝山より四米程高い。そして余脈日本海に臨むに至って、千二、三百尺の高さから急に海中に没している。険悪をもって聞えた親不知子不知は、此山脈の末端が懸崖を成して海に突出している鼻づらをこするようにして、波打際を通らなければならなかったのである。

此の山脈を後立山山脈と名付けたのは、鹿島槍ヶ岳の一名を後立山と呼ぶ為ばかりではない、立山連峰の偉観はひとり此山脈中に比すきものなきのみならず、南北日本アルプスを通じて稀に見る所であるから、立山を主とした越中方面の称呼に従っても、敢て偏見という可きではない、またこの名を用いた方が二条の並行した大山脈を表現する上に於ても、白馬山脈と呼ぶよりは適切かと思われる。

この二大山脈を構成する岩石は、既刊の地質図に拠ると主として古生代の水成岩を貫いて迸発した花崗岩類である。更に之を大別すると、立山山脈は角閃花崗岩から成って居り、後立山山脈は黒雲母花崗岩から成っている。この両者の縫合線は、黒部川の支流東沢に沿い、南は樅沢もみさわ岳附近に至り、北は御山おやま谷の屈曲点附近を過ぎているとのことである。其年代は中生代以前に角閃花崗岩が先ず迸発し、次に黒雲母花崗岩が噴出したものであろうという。そうとすれば両山脈の関係的位置を示すに用いた後の字は、同時にまた山脈生成の時をも示すことになる訳である。

木暮理太郎「黒部峡谷」より

2023-04-22
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